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ラフマニノフ ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 作品36/Rakhmaninov Sonata for Piano No.2 b-moll Op.36

ラフマニノフ(1873~1943)のピアノ・ソナタ第2番はラフマニノフが完成させた2曲のピアノ・ソナタのうち最後の作品で1913年に書かれております。 これはピアノ協奏曲第3番を作曲して3年後にあたりすでに2曲のピアノ協奏曲と2曲の交響曲を作曲しておりラフマニノフ後期の作風が確立されております。

ラフマニノフは1913年の1月から8月まで合唱交響曲「鐘」の構想と作曲のため先人チャイコフスキーに倣ってイタリアに滞在しておりました。 しかしローマで娘が病に倒れたため名医を求めてドレスデンに立ち寄りその地で「ピアノ・ソナタ第2番」を着想致しました。

完成はロシア帝国に戻ってからであり、1913年12月16日にモスクワのリサイタルでラフマニノフ自身の演奏で初演を行いました。 同年にモスクワのグートヘイリ社より出版致しております。

献呈は音楽院時代の同級生でピアニストのマトヴェイ・プレスマンに献呈されました。

1917年のロシア革命アメリカへ亡命するまでラフマニノフはこの作品を国内の演奏会で演奏致しましたが評判が芳しくなく、渡米後の1931年にブージー・アンド・ホークス社より改訂版を発表致しました。

しかし友人のホロヴィッツは異議を唱え、ホロヴィッツラフマニノフ了解のもとで両者を折衷した独自の編曲(ホロヴィッツ版)を好んで演奏致しました。

かつてはホロヴィッツが独自に作った編曲版のみがホロヴィッツの演奏や録音を通じて知られていたに過ぎず、ラフマニノフの「ピアノ・ソナタ第2番」が正当に評価されていたとは言えませんでしたが、ラフマニノフ生誕100周年の1970年代を境に事情は一変し多くのピアニストがラフマニノフ自身の版(初版または改訂版)を取り上げるようになりました。 またグリモーのように独自の編曲をするピアニストもおります。

初版と改訂版の2つは一長一短のうえそれぞれに魅力があり優劣を付けることは容易ではありません。

ホロヴィッツ版を好む演奏者は初版は長すぎるし改訂版は物足りないと評価します。

改訂版を好むピアニストは、初版は冗長であり改訂版が最終決定版と評価します。

初版を好むピアニストは、改訂版は世に受け入れられるための妥協であり作曲者の望んだ真の姿ではないと評価します。

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1楽章(1931年版)

2

2楽章(1931年版)

3

3楽章(1931年版)

ラフマニノフ ピアノ・ソナタ第2番♫~ホロヴィッツ

ラフマニノフ ピアノ・ソナタ第2番♫~グリモー

ラフマニノフ ピアノ・ソナタ第2番(1913年版♫~アシュケナージ

ラフマニノフ ピアノ・ソナタ第2番(1913年版♫~コチシュ

ラフマニノフ ピアノ・ソナタ第2番(1931年版♫~マツーエフ

ラフマニノフ ピアノ・ソナタ第2番♫~ロマノフスキー(チャイコフスキーコンクールより)

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