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ラフマニノフ ピアノ協奏曲 第3番 二短調 作品30

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モーツァルトのクラビコードとピアノフォルテ

ラフマニノフは1917年、革命を避けてロシアを離れ翌年アメリカへ移住致しましたがアメリカを訪れたのはこの時が初めてではありませんでした。 アメリカのコンサート協会からの招聘を受け1909年の秋アメリカ各地で演奏旅行を行ったわけですがその時の初演を目的に用意されていた新作がピアノ協奏曲第3番でした。

この曲はラフマニノフがまだドレスデンに滞在していた1907年に作曲が始められておりましたが、アメリカ公演のために完成が急がれ1909年の夏に完成し1909年9月28日にラフマニノフ自身のピアノでニューヨークで初演されております。

この作品はラフマニノフの他の協奏曲に比べて一段と規模が大きく、技法も一段と円熟しており、内容もシンフォニックなものですが、当初はその長さと技術的な困難から演奏するピアニストは多くなく献呈されたホフマンも一度も演奏致しておりません。  

そのような中でホロヴィッツが私の曲と呼んでこの曲を愛奏しておりましたが、初演はラフマニノフと2台のピアノのための版で演奏したそうです。 またギーゼキングも録音を致しております。

その後1958年第1回チャイコフスキー国際コンクール第1位のヴァン・クライバーンがコンクールでこの曲を演奏したため、広く演奏されるようになりました。 ピアニストにはピアノとオーケストラとの書法も第2番よりはるかに複雑で構成的にも緻密な難曲ではありますが魅力的な曲となっております。

第1楽章は自由なソナタ形式ですが、静謐でロマン的な雰囲気の中に激情が秘められております。 オーケストラによる短い序奏の後にピアノがオクターブで奏する第1主題が全体を貫く共通主題となっており全曲を統一する役割も持っております。

第2楽章は間奏曲と題される3部形式ですが、それ以上の役割を果たす非常に神秘的な楽章です。

第3楽章は自由なソナタ形式ですが、それまでの抑制された雰囲気を振り払う力強く決然とした楽章です。 派手な軍楽調の終止で全曲を閉じますがこれはラフマニノフ終止と呼ばれるものです。

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番♫~マルタ・アルゲリッチ

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番♫~ウラディミール・アシュケナージ

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番♫~ウラディミール・ホロヴィッツ

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ウラディミール・ホロヴィッツ(ピアノ)、オーマンディ指揮、ニューヨーク・フィル

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エフゲニー・キーシン(ピアノ)、小澤征爾指揮、ボストン交響楽団

明日はムソルグスキーの「展覧会の絵」について書きます。